蒼風閑語

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渚にて

ひと月ばかり前に買い求めてもっぱら布団の中で読み進めていた、ネヴィル・シュート著/佐藤龍雄氏の新訳による『渚にて』(創元SF文庫)を読了しました。

実は井上勇氏による旧訳版の方も数年前に読んでいるのですが、やはりこの名作の新訳となれば目を通してみない訳には行きません。

第3次世界大戦による大量の核兵器使用により壊滅した北半球から、南半球のオーストラリアに向けて致死量を超える濃度の放射線がじわじわと広がって行く恐怖と悲哀を描いた作品。

カテゴリーとしては“近未来を描いたサイエンス・フィクション”といった辺りになるのでしょうが、むしろ極限の状況下に置かれた人々が繰り広げる切実なヒューマン・ドラマとでも呼んでおきたい気がします。

残念ながら、原発から飛散している放射性物質によって今まさに実質的なダメージを受けつつある私達にとって、ここで描かれている風景は決して“荒唐無稽な絵空事”として片付けてしまう事の出来ない“リアルな恐怖感”を伴うものになってしまいました。

登場人物それぞれの“人生最後の時間”の過ごし方は実に様々で、時には奇妙だったりあるいは滑稽に見えるものさえあるのですが、全ての行為に避け難い不条理に対する“人として精一杯の抗い”が感じられ、それがこの絶望的なプロットの中に静かな力強さを呼び込んでいるのではないでしょうか。

ちなみに原書の "On the Beach" の方も目下併読している最中。会話の多い文体ながらとても平易な言葉遣いで比較的読み易いので、英文和文を問わず多くの方に味わって頂ければと思っています。

渚にて【新版】 人類最後の日 (創元SF文庫)

渚にて【新版】 人類最後の日 (創元SF文庫)