若き数学者のアメリカ
藤原正彦氏が1977年に発表した日本エッセイスト・クラブ賞受賞作『若き数学者のアメリカ』(新潮文庫)を読了しました。
同氏の著作に目を通すのは今回が初めてだったのですけれども、独自の視点と筆致が特徴的かつユニークで、最後まで面白く読み終えることが出来ました。
全体は10章からなっており、内訳は1「ハワイ ― 私の第一歩」、2「ラスヴェガス I can't believe it.」、3「ミシガンのキャンパス」、4「太陽のない季節」、5「フロリダ ― 新生」、6「ロッキー山脈の麓へ」、7「ストラトフォード・パーク・アパートメント」、8「コロラドの学者たち」、9「精気溢るる学生群像」、10「アメリカ、そして私」という流れ。
大きくは、1章と2章が任地に赴く前に立ち寄った土地での逸話でやや長めのイントロダクションといった趣、3章~5章がミシガン大学時代、続く6章~9章がコロラド大学時代のエピソード、そして最後の10章が本書執筆時における著者の「米国観」を記したパートと、4つのセクションに分かれているとも言えそうです。
終始軽やかな筆致で米国での留学生活が語られるのですが、ミシガン大学でナーバスな状態に陥ってしまった精神を回復させるべく向かったフロリダでの経験を描いた5章は全体にやや異なった趣で、その回復への道程は感動的。
また第10章で、留学の最初の9ヶ月間における、米国と米国人へのコンプレックスと対抗心に満ちた自らの精神状態を「オーケストラに加わることを拒否していた琴」、それ以後のオープンな心持ちの1年半を「ヴァイオリンが素晴らしい友達であることを発見して、その真似をしようと懸命になっていた琴」と例えるアナロジーは秀逸でした。
そして最後に、「拒否」でも「真似」でもない境地に著者は辿り着く事が出来たのだな、と思わせるエピソードで幕を閉じる・・・読後感は至って爽やかなもので、とても愉しい読書体験だったのでした。